東京高等裁判所 平成3年(行ケ)76号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。なお、瓦には平瓦と役瓦があり、本件意匠に係る物品が役瓦のうち「軒先瓦」であることも、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
一 登録無効事由<1>の判断について
本件意匠に係る物品は「軒先瓦」であるが、引用例一に記載されているのはS形の平瓦(身瓦)であつて、S形の役瓦でないことは、原告の自認するところである。この点について、原告は、S形軒先瓦は必然的にS形平瓦の前端に前垂れ部を形成した形状になるが、この形状は本件意匠とほとんど同一である、と主張する。
確かに、軒先瓦である以上、その前端に、屋根の軒先を覆うべき前垂れ部を形成することが必要である。しかしながら、たとえ基本となる平瓦の意匠の具体的態様が決まつていても、これに対応する軒先瓦の前垂れ部の具体的態様は多種多様に創案され得ることは当然であつて、前垂れ部の具体的態様が一義的に限定される理由は全く考えられない(原告が援用する引用例一の第九頁第二七行ないし第二九行の記載は、瓦の寸法に関する記載であり、この記載によつて前垂れ部の具体的態様が一義的に限定されるものではない。)。そして、同じ意匠の平瓦に対応する軒先瓦であつても、前垂れ部の具体的態様のいかんによつて別異の美感を生じ得ることは、成立に争いない甲第九号証(福岡地方裁判所小倉支部昭和五七年ワ第四六七号事件の判決)の別紙九(「小巴比較図」と題する図面)によつても、容易に窺い知られるところである。
のみならず、軒先瓦の前垂れ部の態様は、葺き上がつた屋根瓦全体のうちでも最も目立ち、屋根全体の美感を左右するものの一つと考えられるから、前垂れ部の態様は軒先瓦の意匠における要部をなすというべきであり、したがつて、軒先瓦の前垂れ部における具体的態様の差異は、たとえそれが微妙なものであつても、取引者ないし需要者の注意を強く引くと理解するのが相当である。そうすると、S形平瓦の前端に前垂れ部を形成した形状は本件意匠とほとんど同一であるという原告の主張は、合理的根拠に欠けるものである。
なお、原告は、表面及び裏面の模様の有無は本件意匠とS形軒先瓦の意匠が類似すると判断することの妨げとならない、と主張する。しかしながら、表面の模様は葺き上がつたときの屋根全体の美感を左右する意味において、また、裏面の模様は葺上げ作業の利便あるいは雨水の水切り等を左右する意味において、いずれも瓦の意匠における要部をなし、取引者ないし需要者の注意を強く引くと考えられるから、原告らの上記主張も失当である。
以上のとおりであるから、本件意匠は、引用例一記載の意匠に類似する意匠といえないし、引用例一記載の意匠に基づいて当業者が容易に創作をすることができたともいえない。したがつて、本件意匠は引用例一記載の意匠との関連において意匠法第三条第一項第三号又は第二項に規定されている意匠に該当するという原告の登録無効事由<1>は、到底採用することができない。
二 登録無効事由<2>の判断について
原告は、審判手続において引用例二は少なくとも昭和四〇年ころ頒布されたと主張し、また、本訴において、仮に引用例二の頒布時期が明らかでないとしても、引用例二の記載と甲第五ないし八号証を併せ考えるならば、改良S型スレート軒瓦の意匠が本件出願前に公然実施された結果公然知られていた事実が立証される、と主張する。
しかしながら、成立に争いない甲第四号証(引用例二)及び第五ないし八号証(新聞、佐賀地方気象台作成の文書)を子細に検討しても、引用例二が印刷された時期はともかくとして、引用例二が本件出願前に頒布され、したがつてその内容が公然知られていたという事実を認定することはできない。
のみならず、前掲甲第五号証によれば、引用例二記載の改良S型スレート軒瓦は、表面の幅広平坦部に二本の斜線模様を表し、かつ、巴部の上面外側を三角状の傾斜面に削去しているが、これらの構成によつて、改良S型スレート軒瓦は本件意匠と明らかに異なる美感を生ずる。そして、これらの構成の態様は、瓦の意匠の中においても相当の部分を占め、意匠全体の美感を左右する要素をなすというべきであるから、本件意匠と引用例二記載の改良S型スレート軒瓦の意匠は、既にこの点において同一ということができない。
したがつて、本件意匠は引用例二記載の意匠との関連において意匠法第三条第一項第一号に規定されている意匠に該当するという原告の登録無効事由<2>も、採用できない。
三 以上のとおりであるから、原告が主張する登録無効事由及びその提出に係る証拠をもつてしては本件意匠の意匠登録を無効にすることができないとした審決の認定判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法は存しない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却する。
〔編注1〕本件の特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
被告は、意匠に係る物品を「かわら」とし、別紙図面Aに記載されている態様によつて構成される登録第三二九九六二号意匠(昭和四〇年一一月一五日意匠登録出願、昭和四六年三月三一日意匠権設定登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。
原告は、昭和五七年七月二一日、本件意匠の意匠登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和五七年審判第一五三三四号事件として審理された結果、平成三年一月二四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年三月七日原告に送達された。
〔編注2〕本件における別紙図面は左のとおりである。
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
<省略>